2023.9.11

心身と雑念

いやぁ。この夏は、ほんとに厳しかったですね。一味も、二味も厳しい夏でした。
日中の残暑も、まだまだ厳しい中、皆さま、いかがお過ごしですか?
高知も、出張整体も、まだ空きはありますので、体調に不安のある方、溜まった夏疲れを処理したい方は、お問い合せください。

"

ブルーシート並みの秋空と、高知でポピュラーな酢みかん、ぶしゅかん。

まぁ、またあまりにもご無沙汰なブログ更新。なんか書きたいな。とは思いながら、テーマを絞り込めず、今になってしまいました。
定期的なメンテナンスに来られる方に「ブログネタ、なんかないかなぁ」なんてぼやくと、けっこう「身体と心の関係について」と言われる事は多いです。
多いのに、何故書いて来なかったのか。
ひとえに、テーマの幅が広すぎるからです。なので今回は、「心身と雑念」に絞って書いてみたいと思います。

日頃の仕事に際して、皆さんの「心」と「身体」との関係は割と重要視しています。そもそも、分けて考えること自体が無益と実感しています。
ですが、一般的に「心」という言葉が指す先には、割と雑念の割合が多く、それこそ雑念に「心」を奪われてしまうと「本当の自分の心身」というものは、儚く、手応えのないもののように感じてしまうでしょう。

「本当の心身」というのは、地に足がつき、クリアな状態に立ち現れるもので、雑念にまみれながら、探しおおせるものとは思いません。
ポジティブにも、ネガティヴにも偏る事なく、しっかりと、地に足がつき、集中とリラックスの両方が備わった状態では、「心」と「身体」を分けること自体が却って難しいことでしょう。

もちろん、環境や、時代、時間を共有する人々、それらとの関わりの中で、そのような静かでクリアな状態に到達するのが簡単とは思いませんし、口が裂けても簡単だなんて言えません。
そのような研ぎ澄まされた状態で、人生の全てを構成するのは、不可能だと思っています。雑念の全てが無駄だとも、悪いとも思いません。
こんなことを書いている私も、日々雑念だらけで、気づいたら止める、を繰り返す毎日です。

しかし、雑念による影響が、心身の機能の阻害や、抑圧として、ある程度長い期間継続することにより、心身の回復性が及ばなくなり、元々持ち得ていた能力を、なかなか発揮できなくなる。と、いうことは、大いに考えられます。

私は、施術を受けにいらしたみなさまと、おしゃべりし、その「心」に触れるのも大好きですが、この仕事の中で、私自身の雑念を飛び越え、身体に直接働きかけるよう努めています。その事が、皆さまの「心」強い心身への手応えを感じられる一助になれば、と考えています。